なんと刑務所が丸見えの小学校!

仙台

仙台には都心から少し離れた場所に宮城刑務所があります。
かと言って田舎の外れ感はまったく無いところに位置します。
ぐるりと塀で囲まれていて当然中は見えません。

ここは昔々、伊達政宗さんが2つ目の城として作った若林城とか言っていたそうですが
一国一城のルールから外れてしまうので大っぴらに城とは言えなかったようです。

それでも非公式ながら青葉山にある仙台城とこの若林城とそれぞれのお城から
碁盤目状に町を形成してしまったものだから落ち合うところでズレが起こります。

お互いがぶつかり合ってごちゃごちゃとなった場所が五橋あたりの電車通りと東二番町通りの斜めに交わるやけに車線数の多いところなんだと前にブラタモリで言ってました。

宮城刑務所に話は戻り。
昭和53年にその宮城刑務所をぐるりと囲む塀のすぐ隣に古城小学校が建てられました。
当時、第二次ベビーブームもあってか3つの小学校から子どもたちが移籍され
わたくしの母校古城小学校は出来上がりました。
出来立ての校舎の一期生としてぴっかぴかの小学校に感動した覚えがあります。
しばらく新築現場の薬剤のような匂いの生ぬるい水道水を飲んだ記憶が強いです。

丸山ゴンザレスさんというクレイジージャーニーでお馴染みの危険なところを巡ることを
得意とするジャーナリストさんがいます。
なにかのインタビューで見ましたがどうやら仙台市出身ということで
仙台のどこらへんなんだろうと読み進めていると
「仙台の刑務所近くの小学校出身で親がJR職員」と答えていました。
まさに俺やん!もうドンピシャリ同じとこの出です。
なんか急に共感がもてました!

おそらくあの辺で親がJR職員はもうあの当時で言う”国鉄アパート”住まいなんですね。
国鉄は東北新幹線の工事のために全国から人が集められそれに従事する人で
国鉄関連のアパートは溢れかえってました。
古城小学校も国鉄アパートの子どもたちが随分いました。

国鉄アパートと言えば付属の公園がありました。
通称”公園”です。「どこの?」ともし問われれば「国鉄アパート物資部の隣の公園」という。
この公園が今思えばスゴい公園、今では考えられない遊具が山ほどありました。
幅5mは余裕である滑り台は名物で常に一度に10人くらいまとめて滑っていた。
また、小さな山の真ん中にL字に掘られた入り口の狭い直径のトンネルがあり
無理やりみんなが突っ込んで来るもんだから中で行き場がなく息苦しくなったものです。
それのおかげで未だにトラウマですよ。。。
あと、4人掛けブランコも1人乗りブランコもあり
変わり種だと丸太がスライドするのも初期の方にはありました。
雲梯みたいのや、チェーンを登って楽しむやつとか、鉄棒など定番は全部あった。
そんな中、今、ネットで調べても出てこない謎の湾曲した塀のようなものがあった。
公園入口(物資部側)から順番に赤色、青色、黄色、緑色の3mくらいの高さで長さは4~5mくらいかな、子供の時の思い出感覚になりますが。
それがうねうねとした曲線の塀なのです。
塀のてっぺん3mくらいの高さを幅が20cmくらいのところを歩く遊びです。
それぞれの塀が1mから2mくらい離れていてそれを上空飛んで渡るのです。
とても危険でよく落下して流血する子供が続出してました。
そんな面白い公園は学区外の子どもたちも憧れて知らぬ子もたくさん来てました。

宮城刑務所隣の古城小学校に戻ります。なかなか斬新な環境に置かれた立地で
周りには刑務所で勤務する職員のアパート、通称刑務所アパートがあったり
他には当時国鉄の独身寮や国鉄アパート、仙台みそ醤油のジョウセン工場や弘進ゴム工場があり

味噌醤油の豆の蒸した工程の匂いが独特であり、弘進ゴムの工場はゴムの独特の匂いがくせになりました。
近くには納豆工場もふたつもあったし、街中には存在しないような施設がたくさんありました。

そんな環境の下、この小学校は刑務所を取り囲む高い塀に寄り添うような立地に建っております。
塀を望みながらの通学路は別に普通の風景でしかなかった。
ディズニーランドのようなもので中の人は外界から遮断されているでしょうが
外の人からも特に意識するようなことは何もなかったのです。
小学校も校庭でも塀のすぐ脇のプールでも刑務所を意識したことは皆無に等しかったです。

しいていえば当時、団体行動の練習とかクラス単位の催しとかで屋上をよく使ってました。
さすがに屋上で弁当食べたり、バレーボールしたりの昭和OL的な利用はなかったのですが。

この屋上から刑務所の中が丸見えなんですよね。

お~なんかやっとる~って感じで見えるんです。
もう子供ながらに機密事項でないのかね~見えちゃっていいのかね~とか思ってました。

囚人服を着た人たちが歩いていたりした記憶があるのですが
今思えば勤務している人だったのかもしれません。何か人が作業していることは確認できました。

授業中に時折外の方から普段はならない謎のサイレンがなることがありました。
そんな時はクラスのみんななんとなくソワソワと脱走説を唱えだしたりと
変な緊張感を勝手に高めてました。

この地域はとっても道が狭くて仙台を詳しく知っている人でなければ
あまり通ったこともないような場所だと思います。
なかなかノスタルジックな場所が広がるところです。
若林の広瀬川河畔も心地よいし、古城から南材木町、穀町、荒町と下町感があり
一度訪れてみるのも面白いです。

最近の土地の価格の上昇で仙台市近辺はえらく高騰しております。
が、こないだ不動産屋さんに聞いた話だと
何故かこの古城地区は周りよりもやや安いそうで、刑務所のイメージだそうです。
このエリア住みを経験しているとなんともったいない話。
ここは仙台駅までも自転車で20分かからず長町までは10分くらいで付く超便利なところなのにね。

そんなエリアに鎮座する宮城刑務所とそれに寄り添うように建つ小学校の紹介でした。

タイトルとURLをコピーしました